2009年12月1日火曜日

過去に抑圧した感情はどこへいくのか

怒りは肝臓、不安や心配は胃、迷いは腸など、感情は病気の原因になるとよく言われます。

例えば、3年前にパートナーや恋人に○○をされたり言われたりして、とても傷ついて怒りがわいたのに、それを抑えてしまったとしたら、その感情は一体どこへ行ってしまうのでしょう?

私にはそれが実感として分かってしまいました。

解放されなかった感情はいつまでも自分の中に残るということが。

だから、何十年も前のあなたが7歳のときに、お兄ちゃんが花瓶を壊したのに、お母さんはあなたのしわざだと思って一方的にあなたをしかり、結局何も言い返せなかったくやしさがあったなら、それもどこかに残っているはず。

でも、何十年も前に起きたことを今さらお母さんに感情をぶつけるわけにはいかないでしょうし、お母さんでなくても、そうした矛先は親、兄弟、友人、パートナー、同僚、上司など様々なところにあると思います。こちらも大人だし、やはり感情をぶつけるわけにいかない。でも、解放しないとあなたは自由になれない。

そんな時、感情を解放する方法として知られる「セドナメソッド」の本を同じ時期に複数の友人から勧められました。驚くほどシンプルなのに、効果はてきめん。 スピリチュアルな友人たちなので、私が必要としている本だということが、どこかで分かったのかもしれません。



こうして、感情の解放を行っていくことを生活の中に取り入れたとしたら、人はもっと心身ともに健康になれるような気がしてならないのです。

私はようやく気持ちの整理が付き、5年以上続いたパートナーとの関係を白紙に戻すことができました。

理性ではもう何年も前からお互いのために終わりにしたほうがいいと思っていたのに、感情の面でついていかなかったのです。

本を読みながら、本当に効果があるのだろうかと思いつつセドナメソッドを試してみると、今まで抑えていた感情が噴出してきました。それを1つずつ解放して、気持ちの整理をしていったら、本当に軽くなりました。そして、「今」を心から楽しめるようになりました。

「今を生きる」ということは、自分が今していること、考えていること、感じていることに集中することだったのですね。そんな当たり前のことが、ようやく理解できました。

考えてみれば現代人は、過去のことで悩んだり苦しんだり、未来のことで心配したりして、「今ここに意識がない」という状態があまりに多いように思います。

どんなにいやな感情でも、それを抑えず否定せず、ありのままを受け入れ、そして解放する。これが心の平和を持つ秘訣なのかもしれません。 そしてそれは身体の健康へもつながるのです。

2009年11月30日月曜日

幸せな人

ある年老いた女性が歩いていました。よれよれの洋服を着て、歩くのさえおぼつかない様子で。

その人を見た近所の人たちは、次々に自分の家に入っていきました。ある人は、そっと覗いて、その人がいなくなったのを確かめたりして。

一体何が起きたのかというと、その女性は近所でもとても評判が悪かったのです。もっと若くて元気な頃は、自分が一番えらいというふうに振舞って、我がままで強引で人の気持ちを思いやることが一切ありませんでした。さらに、意地悪をして周りの人に辛い思いをさせることも日常茶飯事。

数年前、その女性の住んでいる家のあった場所に超高級マンションが建ち、その人とその人の夫は大いに自慢をしながら、最上階に引っ越しました。

そして、今その人は、資産価値数億とみられる広い広いマンションの部屋にたった1人で住んでいます。夫に先立たれ、子供たちとは絶縁状態。私の部屋からも見えるそのマンションの最上階で、一体その人は何を思うのでしょうか。

ご近所には、そう広くはない1軒屋だけれど、3世代の家族で毎日にぎやかで楽しそうに過ごしているご家庭もあります。元気な孫たちに囲まれ、こちらのご夫婦は本当に幸せそうです。

食べるのにも困るような生活環境にあると、「幸せはお金で買える」と言えるのかもしれませんが、ある程度の生活水準以上になると、幸せになるために必ずしもお金は必要なさそうです。しかも、一緒に泣いたり笑ったりして、自分の人生に関わってくれる人がいなかったら、どんなに寂しく、つまらないことでしょう。

幸せについて考えさせられました。

2009年11月23日月曜日

Limiting Beliefs (自分を制限する思い込み)

ここ数ヶ月、「自分と向き合う」ということをしています。

始めは、「自分と向き合う」といっても、一体何をどうすればいいの???と思っていたのですが、よく分からなかったので、焦らずにのんびり行こうと思ったら、ゆるゆると紐がほどけてくるような感じで、心の底からいろいろなものが顔を出し始めました。

例えば、「私には価値がない」という思い込み。

普段の私は、落ち込んだ時以外はそんなふうに思うことはほとんどないのですが、実は、私は心の奥底にそんな思い込みを抱え込んでいたことが分かってしまいました。

正直言って、驚きました。なぜなら、普段はそんなことは全く意識していないからです。

でも、考えてみれば、だからこそ、(全て過去のことですが)こちらの都合おかまいなしに毎日のように電話をかけてきては延々と愚痴る人の相手をしてしまっていたし、貸したお金を返してもらえなくても、金額に関わらずもちろん何も言えなかった(お金に対するネガティブな思い込みもありました)のだということに気が付きました。

自分が我慢すればいいことだと思って、いい人ぶりたかったのか、気が弱かったのか、相手に同情したのか、とにかく、肝心なところで押し切られてしまうことも多かったのです。

でも、やっと分かりました。

人が自分をそんな風に扱うのを許してしまうことで、自分の自尊心をさらに思い切り傷つけていたということに。

もちろん、争いごとは避けたいという気持ちもあったのですが、潜在意識レベルでの自尊心が低いばかりに、そもそも争えるような強さもなかったのですね。

最近、そういうことが分かり始めたのですが、最後の締めくくりに「ある任務」を遂行しなければならないのです。

それを乗り越えた時、新しい道が拓けるような気がしてなりません。

2009年11月18日水曜日

天は見ている

その人は、類まれなカリスマ性と、信じられないような逆境の数々ををバネに成功してきたサクセスストーリーをもって、人々を魅了してきました。

私もその1人で、彼を心から尊敬していました。

ところが、彼と親しくなってくると、どうも腑に落ちない点が多くあることに気が付きました。こんなに素晴らしい人なのに、彼から人がどんどん離れていく、とか、なぜか人と問題になることが多い、とか。

おかしいと思いながらも、情もあって、冷静な判断ができていなかったのだと思います。

結局、彼は私に支払うべき何十万もの金額を踏み倒しました。

私は驚くと共にかなりショックを受け、自分の人の見る目のなさに憤りも感じましたが、戦うのもいやだったので、彼とは一切の接触を絶って前に進むことにしました。 数ヶ月前のことです。

金銭的には損失となりましたが、彼を通して知り合った素晴らしい方々とのご縁が今でも続いているので、今は感謝でいっぱいです。

最近、その彼が窮地に陥っていると人づてに聞きました。

「人に傷つけられても貶められても復讐など考えなさるな。天が必ずや裁いてくれる」

というようなことがよく言われていますが、本当にそうなのだと納得しました。

私たちは、報復だのと後ろ向きなことを考えるより、同じエネルギーをより良く生きたり、周りを幸せにするために使ったほうがよっぽど建設的ですしね。

表面上うまくやりすごしたようでも、どこかでその代償を払うことになるのが、宇宙の法則のようです。

2009年11月17日火曜日

美しい日本人

わんこと散歩をしていたら、前からお年を召した上品な男性が、脱帽して私たちに近づいてきました。

道を聞かれました。しかも、とても丁寧で美しい日本語です。

ファッションであるといえばそれまでだけれど、帽子をかぶったままテレビ番組に出演している人を見るとどうも違和感を感じてしまう私です。

そういうことがまかり通っている今日この頃、道を聞ために脱帽してくだり、言葉を大切にされていたその方がとても新鮮でした。

年がいっていても粗野な人はいるので、必ずしも「最近の若者はなってない」ということではないと思うのですが、日本人としてあたりまえだった礼儀や美学を持つ人にお会いしたことがとても嬉しかった、、、。

こういう世の中だからか、「心」を感じる出来事に敏感になっています。

2009年11月13日金曜日

私は負け犬なのか

半年ぶりにカナダ人の男友達に会いました。彼とはもう20年近い付き合いで、途中何度か連絡が途切れたりしつつも、彼が結婚して3人の子供の父親になった今でも良い友達でいます。

彼は日本語が流暢なので、私は基本的に日本語で彼に話しますが、彼は英語のほうが話すのが楽なので、私には時々日本語の単語を織り交ぜながら英語で話します。

この半年間で私たちは2人とも転職したものの、2ヶ月ほどで会社を辞めています。そして、彼は海外の友人が日本でビジネスを立ち上げるというので、日本支社の社長となり、私のほうは就職せずにぶらぶらしています。

そんな私に彼は言いました。

「君は今まともに稼いでいないし、「アラフォー?」っていうんだっけ?なのにまだ結婚もしてないし、世の中ではいわゆる、、、ほら、日本語でなんて言うんだっけ?「マケイヌ?」かもしれないけど、逆に言えば、しがらみがなくて自由の身ということだよね。君は「マケイヌ」じゃないよ。この与えられたチャンスを生かして、楽しんで好きなことをすればいい」

カナダ人から「負け犬」なんて言葉を聞くことになろうとは思いませんでした。

結婚は、したくないから「してない」ではなくて、するはずだったのにうまくいかなくなったのですけれどね。情報の更新がなされなくて、私が結婚4年目だと思っていらっしゃる方、ごめんなさい。

確かに、私は世間一般では負け犬と言われるような人間なのかもしれない。けれど、それを決めるのは、他人ではなくて、自分です。自分で負け犬だと認めたら、きっと本当にそうなってしまう。

「あなたがどういう人間になるかというのは自分の責任」

これをいつも覚えていたいと思います。

2009年11月11日水曜日

人と人

ソファで本を読んでいたら、いつの間にか転寝をしてしまいました。

そして、夢を見ました。

女友達2人が一緒に歌をうたっているところへ、別の友人と私が2人加わって、4人で一緒に歌を歌いました。

楽しくて楽しくて、皆笑顔で一生懸命歌いました。歌詞があやふやなところもあったけれど、他の3人がしっかり歌ってくれていました。

こうして支え合うものなのね、と有難くも心から納得。

すると、10メートルくらい離れたところにいた4人の男友達が、合唱に加わってきました。とても素人とは思えない、8人の素敵な素敵なハーモニー。

誰もが笑顔で楽しんで歌っていました。ものすごい高揚感です。

1人でも歌は歌えるかもしれないけれど、2人、4人、8人のほうがもっと楽しいし、もっと美しい。

歌い終えると、私は興奮状態で「次は何を歌おうか?」と皆に言ったのですが、気が付くとソファにいました。

目が覚めても、まだドキドキしていました。そして、人と人、誰もがこういう風に生きていけたら幸せだろうな、と思ったのでした。

夢と同じ感動を求めて、久しぶりに、We are the worldを聞いてみたら、やっぱり素晴らしかった、、、。 http://www.youtube.com/watch?v=WmxT21uFRwM&feature=related